メモリーとフォトブック
「あの写真どこやったっけ。えーっと」。
そうつぶやきながら、スマホの写真をスクロールする光景は結構ひんぱんに目撃する。かく言う自分自身も例外ではない。スマホの中に、これでもかと写真を撮りためるが、じっくり見るのはいつのことかわからぬままにメモリー容量を消費していく。
それが「あるある」だから、プリンターでわざわざ印刷する人は少数派なのだと思う。かくしてメモリーのなかのメモリーは、今日もそこかしこで量産されていることだろう。
というわけで、わが社では社内イベントなどを記録した写真をアナログのフォトブックにしている。CDサイズのブックに仕上げるのに、レイアウト編集を自前でやれば、比較的安価で製本して仕上げることができるのだ。
確実に毎年続けているのは、年度の事業発展計画発表会の記録。そのほかにも、会社イベントのたびにフォトブックを作る。2025年、社内イベントとしてバスで出かけた大阪関西万博も、参加したみんなが撮りためた写真を集めて一冊に仕上げることができたのは本当に良い記念である。
社内でこれを多用するようになったのは、実は妻からのパクリである。10年ばかり前、病床についた父のために、昔の重たいアルバムから写メで撮り集めた子供時代の家族写真をCDサイズのフォトブックに仕上げた。ベッドで仰向けでも見られるようにと届けたプレゼント。あのやさしい気持ちと一緒に、その仕組みを拝借したのだ。
デジタルデータをアナログで配布するフォトブック。いろいろと使い勝手よく結構多用している。とはいえ、多くの写真からの編集はなかなかの手間であり、この編集を担ってくれる人の存在抜きには語れない。
ところで、これってアナログトランスフォーメーション?
あらためて、おかげさまです。ありがとう。

